「三方よし」を企業理念に、情報のユニバーサルデザイン化を手掛ける編集・制作会社株式会社ブライト。通常、クライアントと制作会社の二者だけで完結してしまいがちな制作業務に、高齢者や障がい者など利用者の声を反映させる独自の手法で、ユニバーサルデザイン化事業を展開中。
今回、専務取締役の渡辺慶子様にお話を伺いました。
渡辺慶子
大正時代から続く印刷会社に勤めていた前職時代に担当した、障がい者団体の代表の方との協働プロジェクト。この経験をきっかけに株式会社ブライトの前身となるユニバーサルデザイン事業部を同社内に立ち上げ、2007年に株式会社ブライトの設立に専務取締役として参加。
利用者の声を取り入れ、三者で進めるユニバーサルデザイン
私たちの事業は、情報のユニバーサルデザイン化です。通常、パンフレットなど何かしらの制作物をつくるときには、クライアントと制作会社の二者でつくることが業界的には多いかと思います。ですが、私たちは高齢者や障がい者など、利用者の声を聞くタイミングを制作工程の中に取り入れているんです。発注者、制作者、利用者の三者が関わり、現場で本当に求められているものをつくっていきます。手間は増えますが、結果として皆様に長く使っていただけるツールを世の中に送り出すことができ、資源の有効活用にもつながっています。
この会社を始めるきっかけになる出来事があったんです。前職時代に江戸川区のバリアフリーマップをつくる機会があり、ご夫婦共に全盲の方にご協力をお願いしたんです。たとえば目が見えない方が地図を見たいときはどうしているのか。そもそも普段どの様に生活をしていらっしゃるのか。こちらの質問に快く答えていただき、彼らが生活の中で様々な工夫をされていることを知りました。何より、苦労も多い状況の中、明るく生活を送っていらっしゃったことに驚きました。この方々との出会いから、まだまだ日本にはソフト面でのバリアフリー化が足りていないと痛感。自分たちとしても何かを始めなければと考え、すべての方にとってわかりやすいユニバーサルデザインに特化した株式会社ブライトの設立に至ります。
想像だけでは届かない、だから直接聞く
絞った領域で事業を始めたのでスムーズな滑り出しとはいきませんでしたが、最近では理想に近い事例も生まれてきました。たとえば昨年、成田国際空港のお仕事でヘルプストラップというものを制作しました。空港は様々な方が利用されますよね。中には一見困っていないようでも、実は支援を必要としている人たちもいます。そういう方々が気持ちよく旅行できるように、パッと見るだけで支援が必要なことを伝える。それがヘルプストラップです。
まずは私たちだけでデモツールを制作し、ヘルプストラップを使う障がい者の方々に見ていただいたんです。ところが、これが彼らのニーズに沿っていなかった。たとえば利用者の方々は、ご自身の障がいの種類を知られたくない。ただ、どんな支援を求めているのかだけ伝えられたらいい。言われたらその通りですよね。私たちでも個人情報はできる限り知られたくないものです。他にも、荷物の多い旅行中にカードを取り出す手間を省き、首から簡単にかけられるシンプルな形にするなど、当事者の方々の声を全面に反映させたヘルプストラップは、成田国際空港での運用が始まっています。
声を聞くことで、仲間ができる
もうひとつ。金融系のクライアント様のお仕事の話です。人生100年時代に向けて、金融業界としてもリタイア前後のみなさんに資産運用を広めたい、そのためのツールをつくる、という内容でした。まずは制作側で、金融商品に関する詳細説明を盛り込んだデモツールをつくりました。これをターゲットである高齢者の方々に見ていただいたんです。どんな反応があったと思いますか?
やはりこれも、制作側の私たちの思惑とはかけ離れた反応でした。高齢者の方々が求めていたのは金融商品情報ではなく、その前提となるお金と税金の知識、でした。年金などの収入の目安は?家計を見直すポイントは?資産運用のリスクはどんなもの?贈与税って?などなど。
こうした声を真摯に受け止め、お金の現実を初歩から説明する方向に大幅にツールの内容を変更。完成後、ご協力いただいた高齢者の皆様にお知らせしたんです。すると、「家族にも渡したいから人数分欲しい」「近所にも配りたい」と、配布にご協力いただけて。金融商品の教材でこうした反応をいただけることは稀なこと。クライアント様とともに、私たちの進め方に手ごたえを感じました。
三者それぞれが一歩ずつ成長していく
私たち制作会社だけの視点でクライアント様に意見を伝えても、きっと響かなかったのではないでしょうか。一緒にプロジェクトを進めていく中で実際に使っていただく利用者の声を直接聞けるからこそ、冷静に意見を受け止めていただけたのだと思います。「一緒にできて勉強になりました」「他の案件で絶対またご相談します」などと、私たちのやり方に共感いただくことも増えてきました。
利用者の方々にも変化があります。たとえば定年退職された高齢者の方々も「久しぶりに世の中の役に立った気がするわ」と、プロジェクトを通して元気を取り戻していかれます。彼らの声が制作物に反映されるのが目に見えるので、制作に参加した実感値も高いのかもしれません。
そして私たち自身も大きな影響を受けています。元々こうした分野に興味のあるメンバーが揃っていますし、ユニバーサルデザインの資格を持っているので知識はあるのですが、直接の体験は豊富ではありませんでした。ですが三者での関わりを通して、知識と体験がリンクし、自分のものになっていくのを感じています。この5,6年は一人の離職者もおりませんが、それもメンバーそれぞれがこの仕事に手応えを感じられているからかもしれません。
そう考えていくとSDGsに必要なのは知識ではなく、直接のふれあいなのかもしれませんね。直接関わるからこそ、そこに元気が生まれていくんだと思います。
【SDGs推進委員会からの質問】
こうした取り組みを続けてきたことで、何か気づかれたことは?
実は当初、今とは違う考え方をしていたんです。健常者が0だとしたら、障がい者はマイナススタートだと思っていました。それを0にするための活動をするべきだと。でも、違いました。これまでお会いしてきた方々は、ご自身の状況をマイナスとは捉えていなかったんです。障がいがあっても今の状況ですでに幸せで、社会の役に立ち、輝けている。だから私たちが今後やりたいことは、三者がもっと関われる場をつくり、皆で一緒に0からプラスを生んでいくこと。それぞれがお互いを成長させていけるような事業に育てていければと思っています。
今回お話を伺った「株式会社ブライト」様は、"企業のSDGs取り組みを支援する"一般社団法人 日本ノハム協会の、メンバーシップ企業です。